動物の時間軸でものを考える
小野寺さんは、鹿の足跡をトレースして、ここに鹿がいるってわかる。それ自体めちゃくちゃすごいと思うのですが、鹿も殺されないように生きているので真剣勝負ですよね。
それはそうなんですけどね。「動物の時間軸」に合わせて、「自分の時間軸」をそこに持って行くのが大事。そうしないと獲れない。動物も僕らが山に入っていると警戒心が強くなっていく。それでも2週間くらいすると警戒心が薄れるんです。そういうサイクル。だから1回獲ったら別の場所へ行く。そんな風に動物の時間軸に合わせていく。
動物の時間軸を理解するということなのですね。
鉄砲撃っても獲れないっていうのはそこなんです。そこさえ分かれば誰でもね。
そこを「分かる、できる」になるまでが難しいですよね。やはり経験ですか?
森を見て観察していれば誰でも出来ます。好奇心持って山行けば、わかる。ちょっと注意すると、動物の行動学って簡単にわかるんです。
簡単に、ですか?
そうだよ。森の中にはサインがたくさん置いてある。草を食んだ跡、踏みしめた跡、木をこすった跡、ここで何したのか、っていうサインがある。それを見逃さない自分の目線を持つことです。気にしなければ全然気づかないまんま。たったそれだけのことなんですよ。
たったそれだけ。最高にかっこいいです。小野寺さんはご自身で猟を始められた時から見えていたんですか
いや、全然(笑)。最初は見様見真似っていうか、見立てなんてまず分かんなかった。「この足跡は新しいやつだ古いやつだ」って、じいさん達が話しててマジで言ってるの?って思ってた。いつも適当なじいさんたちだったから嘘くさいな、と思ってたけど当たるから不思議で(笑)。
大切なのは四季を通して山に入ること。ワンシーズンのほんのちょっとの狩猟期間だけ行っただけでは全然分かんない。春夏秋冬、全ての時期に入って、この時期はここにいる、この時期はここにいて、こういうものを食ってるというサイクルが分かんないとダメですね。
ある時期にだけ行くのでは全体はわからない、というのは納得です…!
色んなものを全部自分の中に入れておいてちょっとした変化を見逃さないのが大切。この沢にはヤマドリが2羽いてあの沢には2羽いるって、ハンターは喋れる。それは決してパソコンではわからない。誰も教えてくれない。自分の目と足で感じないと分かんないやつだからさ。1年通すと雛が何羽いたっていうのがわかる。それが大切なんですよ。それが自分の中に蓄積されていくんです。
「くせぇし、まずい」が、はじまり
美味しく食べられる鹿を獲るという話がありました。鹿肉を美味しく食べるためにどうするか、というお話を聞いてもいいですか?
猟を始めたばかりのときは、鹿肉を食うとお腹壊してたんですよ。不衛生で。
そうなんですね!
当時、グループ猟で、鹿が取れたら次の猟場っていう感じで、1日3箇所くらい移動しながら猟をしていてね。獲れた鹿は軽トラに載せて移動する。それで帰る頃、だいたい3時くらいに「そろそろ解体しようか」って、初めてそこで全部河原へ持って行って解体するわけですよ。そこで解体したお肉って、やっぱり不衛生だった。
みんなで腰かがめて解体してさ。手袋も軍手。切ったお肉は軽トラの荷台に缶ジュースの段ボールを敷いたところにポンポン乗っけてね。それを袋詰めしてみんな持って帰っていたの。
だいぶワイルドですね…。
これがくせぇしまずいのよ!じいさん連中は手も洗わないし、刃物だって洗ったことがないようなモノ。ベタベタした血の塊がついたままの包丁だったりして。それで一応持って帰るんだけど、もうまずくて!こんなにまずいもんないな!って思ってた。
まずさへの実感のこもり方がすごいです。猟の始まりは壮絶ですね(笑)。そこから美味しいお肉にたどり着くのはどれくらいかかったんですか?
お肉が美味しくない理由はなんとなくわかってましたけどね(笑)。
うちの親父が漁師なんですけど、魚と一緒なんですよね。マグロも獲ったらすぐに血抜きして冷却する。海のマグロでさえ、死んだら血抜きしないと体温が80度まで上がるんですよ。
そんなに高いんですか?
そう、血液が止まるってことは、自家発電している状態で急にラジエーターが止まるのと同じ。血流が止まって呼吸もなくなると、熱が逃げないから温度が上がって肉が蒸れるんですよ。
逆に熱を持つんですね!
そう。だからお肉の細胞全部ぶっ壊れて、蒸れ肉になっちゃう。張りがあったお肉も張りがなくなって、どどめ色のお肉なる。まずいと思って食べてた鹿肉は、この蒸れ肉だった。それをどうやって食べるかといえば、水にさらすしか食いようがない。ひと晩、流水かけてそれを今度ざるに移して冷蔵庫に入れて風当てて乾燥させる。それでようやく3日目くらいで食べられる。
そうすると臭みが取れるんですか?
少しはね。まぁ味も抜けますけど。それでも最初の肉よりかは少しマシになる。でもお腹は壊すんですよ。色々試したけれど、どうしたって美味しくない。どうしたもんかと思ってたんですよね。
きっかけは、海を泳ぐ鹿
それが、ある時にめちゃくちゃ美味しい鹿肉になったんですよ。
おぉ、何が変わったんでしょう?
ここの鹿って海で泳ぐんです。牡鹿半島は、山と海が繋がっているから、狩猟犬が追い立てて、逃げ場を失った鹿は海に飛び込んで逃げていく。
それはすごいですね!海に逃げた鹿は、疲れると岸に帰ってくるんですか?
いやいや、それがさ、途中でブイにつかまって休んでるのよ(笑)。
想像するとめちゃくちゃ面白いですね!
本当本当。海に養殖用の網とか張ってあるからどうするのかと思っていたら、潜って網超えて。
すごい!
それで、自分たちも負けてられないってことで、港から「おやじ船出して!」って。
どこまでも追っていく。
ここまできたらね。で、陸から鹿見てる連中が無線で「あっち行ったこっち行った」って指示出すから、「おやじこっちこっち」って。結局対岸の島まで行って、そこでその鹿を仕留めたんですよ。仕方なくそこで内臓処理して、船で海の中を引っ張って帰った。そしたら、冷却されて、血も綺麗に抜けて、綺麗なワインレッドのいいお肉になったんですよ。解体してみたら色もすごく綺麗だった。そしたら、そのお肉がめちゃくちゃ美味しくて!
面白いですね!
冷却と放血がどんなに大事なことだったかという事がよく分かって。それからは、自分で獲った鹿は、沢で腹割いて、冷却するようにして。
怪我の功名じゃないですけど、そのことをきっかけにお肉の味の違いに気づいて。
そう。肉ってこんなに美味しいのか!って初めて知った。表面サッと焼いて、生姜醤油で食べたら下手したらマグロよりもうまくね?って感じで。色も張りも全然違う。ブリンブリン感がある。
いいお肉はブリンブリンなんですね。
そうそう。それからは、グループ猟終わりに、みんなでその日の鹿を持ち寄って解体して帰る時に、俺が獲った鹿だけみんな持って帰るんだよね。
ははは、ばれてる。
1頭をどう食らうか
そうやって鹿肉の美味しさを追求していくんですね。
殺した以上は美味しく食べないとって。自分の中では、「1頭をどう食らうか」っていうのがテーマ。数なんて正直どうでもいい。だから頭からつま先まで全部食べる。それも美味しく食べたい。だから数よりも1頭をどう獲ってどう始末するかが全てなんですよ、本当。殺すということと、美味しく食べるということの葛藤の間に生きてるんだよね。だから、嫌になるのよ…。
「1頭をどう食らうか」。本当にそうですよね。僕らも木1本をいかに全部使いきれるか、ということが森づくりだと思っています。鹿1頭をどう食らうかっていうのは様々なことに通づるものですね。それが、小野寺さんが美味しい鹿肉をつくれる理由なんですね。
そんな大したことではないんですけどね。でもやっぱり、せっかくの鹿肉をくさいの、まずいの言われたくはないじゃない。喜んでもらうためにはどうしたらいいだろうってことから始まってる。お肉を美味しくするためにはお肉の旨味を引き出すことが重要になります。そのために始めたのが「手入れ」。
手入れ、ですか?
手入れ。「おいしい」というのは、うまみを出すってことが大事。考え方は干物と一緒です。水分を調整する。
お肉は、水分を抜くのが大事なんですね。
そう、水分調整をしてバランスをとると雑味が抜けてうまみだけが凝縮されて残る。水分が多くてそのうまみがよくわからなかったのが、水分抜くことによってより分かりやすくなる。
なるほど。水分というのはどうやって抜くんですか?
うちは原始的な方法でやってますね。
原始的な方法?
そうそう、ストローで「ちゅーちゅー」って吸って(笑)。
すごく大変 (笑)。
それは冗談だけれど、目方で全体重の10%~13%。数値はものによって違ってくるんだけど。それは鹿肉と対話しないとできない。やっぱり個体差があって、何日間とか何時間とか自分でこのお肉だったらもう少しかな、って感じで。大体2週間から1ヶ月間くらい。
2週間から1ヶ月。長いんですね。
それでおいしさが全然変わってきます。
お肉の加工について詳しくないので、素人考えだと2週間~1ヶ月置いておくのは意外です。
一般に売っている牛肉とかも、捌いてすぐのものではなくて、10日ほど時間かけて水分調整しているものですね。ただ、もちろんお肉の知識というのも必要だけれど、自分の場合は少し違う。生きているところから食べるところまで全部見ている、というのも大きくて。途中で別の人の手が入っていたら正直わからなくなるところもあると思います。でも、獲るところから流通まで全部自分なので今が一番美味しい、と自信を持って出せる。
確かにその通りですね。ずっと見てるから今が一番うまい!がわかる。それが鹿肉を最高級に引き上げて、全国のシェフが使いたくなる、というのはいいですね。
それが、猟師の仕事。そこから美味しい料理にするのは、シェフの仕事。バトンの受け渡しです。
猟師からシェフへの、鹿肉というバトンの受け渡し
そういった全国のシェフとのつながりは、昔からですか?
繋がりが広がったのは3・11以降ですね。東京の飲食店の人達とか農家さんたちが集まって。「あおぞらん」というNPO法人ができた。被災地支援で避難所に「あったかいもの食べてもらいたい」っていうんで、超有名な料理人とか色んな人たちが来てくれて。自分たちのレストランも危ういような状況なのに、一所懸命仕込みして、夜に東京を出て、炊き出ししてまた東京に帰っていく。そういうことをやってるシェフたちに自分の鹿肉をあげてたのがきっかけ。シェフたちへのリスペクトですよ。そこがきっかけになって、シェフとつながりが深くなって。
小野寺さんも大変な時期だったんじゃないです?
自分はマンションに住んでたのもあって、大した被害がなかった。もちろん電気ガス水道とかは止まってたけど。それでも、自分は最悪食うもんなくなったら、猟に行けばいいやって。そんな気持ちだったしね。
なるほど、その時に小野寺さんの鹿肉の美味しさが、猟師仲間のおじいさんたちだけでなく、日本中のシェフにバレてしまったんですね。
本来、鹿肉って美味しいんですよ。それが日本ではうまく食べられていない。フランス料理では、高級食材。だから鹿1頭の価値を高めたい。高級食材のうんと花形、うんと高いところまでの価値になってもらえないと困るんですよ。鹿肉がしっかりと評価されれば、猟師へも還元できる。そうすると始末のいい仕事をする猟師が増えるわけです。
確かに、鹿肉に価値がつかないと、獲る方も始末が悪くなってさらに価値が下がる。
本当のこと言えば自分は、1頭20万でも売りたくないくらいの気持ちなんです。1年中森を歩いてさ、それで狙って狙って、沢近くで獲って、冷却しながら休ませて引っ張って来る。炎天下で、脱水症状になったり、足マヒして両足攣ったりもする。それで休んで寝っ転がって「うわー!」って森の中で叫んでるときもある。足攣ってる間に虫とかハエが鹿につかないように、って急いで冷やして。そうやって持ってくる鹿肉、やっぱりちゃんとした価値にしたいじゃないですか。
めちゃくちゃ伝わってきます。
そういうものであってほしい。だから、そこまで理解してくれる人にしか売らない。部位だって、ここだけたくさん欲しいなんて言われたって、できない。「1頭をどう食らうか」。そこを一緒に考えてくれる人たちとやりたいよね。
最高に共感します。使いやすい場所だけじゃなく、全部、どう使うか、ですね。
そういう気持ちだからこそ、小野寺さんの周りには素晴らしいシェフの方がたくさんいらっしゃるのですね。お話を聞いてるだけで、小野寺さんの鹿肉は美味しいだろうな、と思います。
そう言ってもらえるとありがたい。そろそろお腹も空いたし、お昼にしようよ。クルックフィールズで作ってくれてるソーセージがちょうどあるんだよ。改良前の失敗作なんだけど(笑)
あとがき
「鹿一頭をどう食らうか、自分にとってはそれが大事だ」。小野寺さんは何度かそう言っていた。「一つの命、一つそのものをどう生かすか」、僕にはそういう風に聞こえていた。生命というのは色々な機能が複合して成り立っている。動物もそうだし、木だってそうだし、森だってそうだ。
だからこそ、もも肉だけたくさんくださいと言われても困る。鹿はもも肉だけじゃなく、さまざまな部分からなっている。それを使いやすい部分だけを使う、というからおかしくなってしまう。一つそのものをどうやって生かすのか。
鹿肉一頭を余すことなく全部使い切ることが、重要で、木一本を使い切ることが重要だ。
そうやって考えていると、自分自身の命も同じだと思った。いつまで続くかわからない人生をどうやって使い切るのか。少しだけ見えてきた気がする。
(聞き手・文 奥田 悠史)