牛を通じて森と出会える
森をなんとかしたいというよりも、僕は森が好きなんですよね。だから、そういう森の良さを知ってもらいたいな、と思っています。森林の課題解決というよりは、「森にいると楽しい」ということを大切にしたいです。森の中にいるとなんだろ。うーん、…楽しいんですよ(笑)。
―楽しさがとても伝わってきました(笑)。
森のことで伝えたいことは、3つあります。まず「学び」があるということ。自然が成り立つこと自体、システムとしてすごく良くできていると思うんです。
―すごい良く分かります。本当によくできていますよね。自然の循環というか、それぞれの役割の中で、環境が作られる感じってすごいですよね。
そうそう。そういうことから学ぶことってたくさんあると思っています。2つ目は、「考えるきっかけ」になるということ。森に入って、ワークショップをやったりすることで、考えるきっかけになる。
最後に、森にはやっぱり「癒し」があると思っています。人間って、どっかで本能的に自然を求めているんじゃないかと思っています。都会で暮らすというのはある意味では楽だと思います。欲しいものはすぐに買えるし、美味しいものもたくさんある。だけど、どこかで自然を求めているからこういう場所に来てくれるんだろうなぁと思っています。
ただ、気軽に森の中に入っていくのは難しい。だからこそ、牧場と森を掛け合わせることで、自然へのハードルを下げてくれていると思うんですよね。牧場があってソフトクリームがあったりすることで、気軽に来てもらえる。
―確かに、森だけだと来てもらうのはハードルが高いですね。ソフトクリームは重要ですね!
本当に、ソフトクリーム大事ですよ。お客さんには、牛が放牧されている姿をずーっと見ている人もいます。こっちが心配になるくらい(笑)。
―その気持ち分かります。森の中に牛がいる風景っていいですよね。見ていて気持ちがいいです。放牧地はどれくらいの面積があるんですか?
森が全体で8ha、そのうち放牧地は3.5ha。今20頭放牧しています。だけど、もう少し減らしたいんですよね。多分15頭くらいがちょうどいいと思っていて。生産量を増やすことを考えると、規模を大きくしていくことが大切だと思うんですが、そうしたくないんです。規模を増やしていくと結局、量と単価の世界に戻っていってしまう。牧場の雰囲気や牛の可愛さということが大切です。規模を増やしていくと、そこの価値が失われてしまいます。
―なるほど。小さいところに価値があるということですか。
森林ノ牧場は500mlあたり650円で販売しています。普通の牛乳の5倍くらいします。それでもお客さんは買ってくださっています。それは、この牧場全体に対して払ってくれている価値だと思っています。今くらいの規模感だと、うちのスタッフが全頭の名前や特徴を覚えています。それが100頭になったら、きっとわからなくなる。そういう意味でも小規模なことには意味があると思うんですよね。
―面白いです。スタッフが牛に人格を持って接することができる範囲の経営だからこそ価値がある、という感じでしょうか。
そうですね。僕らが考えないといけないのは、いかに一頭の牛の価値を高めていくか、ということだと思っています。だからこそ、森林ノ牧場は小規模で行きたい。ここを広げていくのではなく、他の場所に同じ様な想いの牧場を増やしていきたいですね。
―いかに牛一頭の価値を高めていくか、というのはとても勇気が出る話です。生産性をあげましょうという話ではなく、いかに全体で支え合うか、というのは他の産業にも当てはまりますね。別の場所で作っていくというのは、直営牧場を増やしていくようなイメージですか?
直営でもいいし、提携もいいと思っていますね。実際、2019年に提携牧場として、長野県に小布施牧場が立ち上がりました。
―提携というのはどんな形でやるんですか?
卸先のお客様を共有しているんですよ。ソフトクリームの卸先をシェアしています。できたばかりの牧場だと、売り先を作るのが大変なので、その部分を一緒にやるという感じですね。
―いいですね!それはめちゃくちゃありがたい!
そう。でも僕らからしてもありがたいんですよ。僕らは頭数を増やしていないので、生産量には限界があります。だから、同じ想いを共有できる牧場でお客さんのニーズに応えられるというのはとてもありがたい。
―牛一頭の価値をあげるということに、一貫した想いをもってらっしゃるんですね。素晴らしいです。
蝶々が飛んでいることに気がついた
牛がいるからこその生態系をつくろうと思っていて。農業や酪農は、環境破壊に加担していると言われていますよね。だからこそ、環境と共生する農業のかたちを考えていきたいと思っています。森林ノ牧場の森を使って、数年前からビオトープのイベントをやっているんですよ。「落ち葉マンション」を作って、幼虫が育ちやすい場所を作ったりして。昨年は水辺を作りました。
そうしたら、夏前になると蝶々がたくさん飛ぶ様になって。蝶々が飛ぶ様になった場所をバタフライガーデンと名前をつけました。
―バタフライガーデン!
山椒があると、アゲハチョウが増えるんですよ。
―へ~!アゲハチョウって山椒が好きなんですね!渋いですね。
柚子とかもいいみたいです。
―山椒に、柚子。薬味が好きなんですね。
多分他の生き物があまり食べないから、という生存戦略だとおもいますよ(笑)。
―ビオトープの取り組みはどういう経緯で始まったんですか?
虫好きのスタッフがいたのがきっかけですね。じゃあビオトープに詳しい先生を呼んできてイベントにしようよ、という感じで。そうすると環境として結構面白いぞ、ということがわかってきました。これは牛の話にもつながるんですが、ビオトープを作ることで、そこの自然や生き物にフォーカスを当てることができると思っています。バタフライガーデンを作ることで、蝶々の価値が高まる。
―確かに!そこにあるけれど気づかれていないものでも、見せ方を変えるというかスポットライトを当てることで価値が高まるということですね。
うーん、見せ方というよりも「関心を持ってもらうためにはどうするか」ということが大切だと思うんですよね。
―なるほど。
生態系の先生が来たことで、自分自身にも見えていなかった価値が浮かび上がってきた。そうすると関心が生まれる。それこそが大切なことだと思っています。
―めちゃくちゃ面白いですね。「見せ方」ではなくて、気付きの中に関心が生まれて、価値が出てくるみたいな感じなんですね。
そうですね。関心をもってもらうということが大切なのですが、でもやっぱりそれだけではダメなわけです。経済に乗せないと続かない。スタッフに働いてもらってやっている以上、ビオトープづくりもやるけれど、会社の利益も作っていかないといけないですよね。
―そこにもともとあった気付かなかったものが、浮かびあがることで価値が生まれる。それをいかに経済の中に組み入れていくか。これはとても大切な視点ですね!
そういった意味でも牧場ってすごくいいコンテンツなんです。気付かれていない資源を使える産業だと思います。牧場が山にあったら、山に関心がむいていく。そういうことが小さく広がっていくことで、課題は解決できるんじゃないかと思ってますね。
―最高です。
「あの子の革」が教えてくれる
酪農のあり方ってとても難しくて、今だに悩み続けています。牛を飼育していて役目を終えたときに、僕らは最後お肉に加工しています。それについてどうなんですか?と言われることもあるんです。
―そうなんですね。命を取り扱う問題は、確かに難しいですよね。
だから、僕自身も未だに答えがでません。出荷のたびにグッときます。スタッフも牛のことをとても可愛がっている。そういった感情を割り切ることが酪農家になることだと、昔は思ってたんですよ。だけど、年々わからなくなっています。
―すごく意外です。出荷する頭数を重ねるごとに、割り切れてしまいそうです。それでもそこに悩み続けるというのはとても素晴らしいことのように思います。
そう、最近はその割り切れない気持ちに素直になった方がいいな、と思うようになりました。あの子の命を大切に頂こう、あの子の革も大切にしようと思うんですよ。そうやって命のミートソースや名刺ケースが生まれたんですよね。
―必然から生まれてくる感じがいいですね。
そうですね。商品を開発しようと思って開発したことはないですね。感情から生まれるものが多いです。気持ちだけでは問題は解決しない。商品は課題解決を進めてくれると思っています。革の名刺入れも他の名刺入れでも機能は同じですよね。だけど、森林ノ牧場でみんなに愛されたその牛の革を使うということに、意味があると思っています。
―なるほど。それが、山川さん最初からおっしゃっている一頭一頭の価値を上げる酪農の新しい合理性なのでしょうね。今後、この牧場は拡大しないということですが、別の場所の牧場と連携を進めていくような感じしょうか?
うーん、そうですね。でもなんだかんだ言って、この場所でもいろいろやっていくでしょうね(笑)。やりたいことは、まだまだたくさんあるので。
あとがき
合理性と効率。山川さんの口から最初に飛び出してきたのは、酪農の合理性の話だった。そして、効率を求めることで不合理が生まれる、という話。僕はこの話を聞きながら、とても大事な話だ!と直感を抱きつつ、一本の線にならないような感覚に陥った。もう少しで繋がりそうなのに、と。取材を終えて家に帰って、合理性と効率を辞書で引き直す。
合理性というのは、「道理にかなった性質。論理の法則にかなった性質」のことを表し、効率とは「使った労力に対する、得られた成果の割合」のことを指す。
「なるほど」と思った。酪農は本来合理的だ、という話の中には、人としての道理があった、という話かもしれない。効率の意味の中にそういった感情の意味が込められていない。
山川さんの見据えている未来が、少しわかった気がした。効率から合理性へ。それが意味することの重要性をかみ締める。
(聞き手・文 奥田 悠史)