長野県伊那市。中央アルプスの麓に、全校生徒49人の小さな学校があります。
伊那市立伊那西小学校。校舎の目の前には、約1haの森が広がっています。この森は、通称「林間」と呼ばれ、子供たちや地域の人たちから親しまれてきました。「林間マラソン」はこの学校の伝統行事。体力づくりと健やかな身体をつくるために、子供たちは週に2回ほど林間内にあるマラソンコースを駆け回ります。
絵本にでてくるような、温かくて素敵な小学校。私たちは、約2年以上に渡ってこの学校の「学びの森づくり」をサポートさせていただいています。そして昨年度末、無事に学校林の施業を終えることができました。森づくりはこれから何十年と続いていきますが、とりあえず一段落。そこで、なぜこのような流れになったのか、今まで私たちが学校や地域の人と一緒に辿ってきた流れを振り返りながら、前編・後編に分けて記事を書きました。
今回は、学びの森づくりが発足したきっかけと、学びの森づくりの方針が決まるまで。
「森×教育」や「森×地域づくり」といったワードに興味がある人は、ぜひ読んでいただけると嬉しいです。
「 小学校の森 」
今から約70年前、吹きさらしになっている校舎を強風から守るために、カラマツが植えられました。それが、今の学校林の元となっています。地域の人たちは、PTA作業や地域活動の中で森の手入れをしながら、大切に大切に守ってきました。
アカマツ、カラマツ、コナラ、クリ、カスミザクラ・・・。
今では、約40種類以上の木々が生い茂る、多様性のある森になっています。
しかし、道路に大きな枝が伸びている木や、極端に傾いてしまっている木、一部分が大きく腐ってしまっている木など、いわゆる「危険木」といわれる木もありました。また、近年の大型台風の影響で、林間の中でも風倒木が発生。一刻も早く林間を整備する必要がありました。
ある日、校長先生から「危険木を伐って林間を整備したいのですが…」と相談がありました。
危険木を伐るだけなら、市に申請をして、業者が選木をして伐採をして終わりです。
しかし、伊那西小学では、‟小規模特任校”として、自然科学に特化した学びを行うという指針を立てています。
ならば、この機会に森づくりの指針を立てて、森を今まで以上に学びに活かすことができないだろうか。学校の先生方と話していく中で、そんな意見がでました。そうして、「学びの森プロジェクト」がスタートしました。
※小規模特任校とは:小規模ならではの特色のある教育を行う小学校や中学校を市教育委員会が指定し、通学区域の規定に関わらず、保護者の申し出により通学区域外から通学ができるよう弾力的な運用を行う制度。(伊那市役所HPより引用)
「 森の調査 」
まず、森の指針を立てるためには、森を知る必要があります。
そこで、林間に生えている胸高直径10cmの樹木、全ての調査・記録をしました。
どんな木が生えていて、どれくらいの大きさなのか。
1本1本調べて、木の地図(立木位置図)もつくりました。(写真だと見にくいですが、樹木の名前が1本1本入っているので、この地図を見れば、どこに何の木が生えているのか一目で分かります。)
また、地域の人たちにも、今の森がどういう状態なのかを知ってもらうために、森林調査イベント開催。実際に森に出かけて、木に触れて、森のことを知る機会は貴重な時間だったと参加者の方に言っていただき、とても嬉しかったです。
(一度は台風で流れてしまったこのイベント。イベント当日も、小雨が降る中での開催となりましたが、多くの人が参加してくださいました!)
「 学びの森づくり 」
さて、森の現状は分かりました。
ここから、どうやって‟学びの森”をつくっていこうか・・・。
まず、このプロジェクトのアドバイザーとして、東京大学院助教の黒河内さん、県林務課の岡田さんを迎え、関係者で何度も何度も議論をしました。そして、学びの森づくりのたたき台をつくり、それを元に、地域の方々と何度も何度も話し合いを行いました。
―どんな森づくりをしていきたいですか?
「ハート形の葉っぱがつく“カツラ”は残してほしい。」
「アゲハチョウやオオムラサキが卵を産む、キハダやサンショウなどは残してほしい。そしてチョウの森をつくってほしい」
―伊那西小学校で、どんな学びを提供したいですか?
「ここでしか学べない学びを授業でやってほしい。」
「森を活かしつつ、中学、高校と進学しても活きるような、学びを提供してほしい。」
「森の循環を学ぶ授業をしてほしい。」
地域の人たちとの話し合いでも、色んな意見が出ました。最初は黙っていた人たちも、時間が経つ毎に、自分の意見をどんどん出してくれたりして。学校の先生だけでなく、地域の人たちも森に対して色んな想いを持っていました。
「 森の学び 」
話し合いを進めていく中で、黒河内先生が「小学校、中学校、高校、大学と進学していったときにも役に立つ、よりアカデミックな自然科学、本物の学びを提供してあげたい。」と、言いました。
ここ、伊那西小学校でしかできない本物の学びとは何だろう。
森を通して、生命のつながりや循環を学ぶ。不要に見えるものが、生態系の中でいかに大切な存在なのかを、伝えていく授業をしたらどうだろうか。
そして、森の1部のエリアを4ブロックに区切り、6年に1度皆伐をして、24年間に渡って森の更新を学ぶ、壮大なプログラムが誕生しました。
ここの学校に入学すれば、在校中に1回は木を伐る生の現場を見ることができます。森の中で生命の循環を肌身で感じ、且つアカデミックな観点からも学ぶことが出来る。まさに、伊那西小学校でしかできない学びです。
そして、この森を使った学びのプログラムが出来上がりました。
《 4年生~6年生の学習カリキュラム 》 ※令和元年度のものです
4年生「コナラの萌芽更新と里山文化の研究」
昔、人は里山から山の恵みをもらって生きていました。里山から木を伐ってきて、きのこを作ったり、炭を作ったり。今回は、観察林内にあるコナラの萌芽更新の様子を観察しながら、キノコの原木を自家調達するまでの道しるべを学びます。
5年生 「リタートラップを使った気象の関係性の研究」
森の中にリター(落ち葉や木の実など)を集めるトラップを8カ所設置。そして、月に1回その中身を採取・種類ごとに分けて、重さを測りデータを記録します。季節ごとのリター量の変化と気象条件などを照らし合わせながら、考察をします。
6年生「植生遷移の研究」
2m四方の正方形の中に、どんな植物が生えてくるのか観察・記録をします。3月に皆伐したエリアの萌芽更新の調査も行いながら、複合的に森を見つめ、未来の姿を考察します。
森を使った授業の様子は、下記の記事に綴ってありますので、ぜひ読んでいただけると嬉しいです。
・「森の助手日記vol.20 伊那西小学校と森の授業について」
・「森の助手日記vol.21 森の出張授業と‟萌芽更新”について」
・「森の助手日記vol.22 森の出張授業と‟どんぐり団子”」
少しずつ、だけども着実に進んでいるこのプロジェクト。
生命の循環を学ぶ森、子供たちが走り回ったり集まることが出来る森、そして70年前の森の姿をそのまま残したエリアの3つにゾーニングをすることになりました。
学びの森(きらめきの森)、集いの森、巨木の森。この場所では、1年生の森から70年生の森まで見ることができます。
さて、次は伐採する木の選木から施業まで。私たちが実際にどんな風に森の手入れをしたのか、興味のある方はぜひ読んでいただけると嬉しいです。後編の記事は、こちらからご覧ください。