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2024.04.26

“ゆっくりしよう”を食で届けたい。ルッコラのジェノベーゼソースができるまで

2024年1月、ルッコラのジェノベーゼソースからスタートしたYAMAZUTO。
YAMAZUTOとは“山苞(やまづと)”。山からのみやげものという意味があります。

「ゆっくりしよう。循環の中で楽しい時間を過ごそう」

このテーマをもとに、野菜を育てることとレシピ開発が同時進行。
どんな野菜を使ったどんな加工品にするのか。
イタリアンシェフののりさん(柳原秀則さん)と4名のやまとわメンバーで構成された開発チームは、何度も試食とミーティングを重ねてきました。

YAMAZUTOがスタートするまでの背景や土づくり、チームについて。
今回、のりさんと、ルッコラの栽培をした農と森事業部の小瀧さん、ディレクションを担当した奥田さん3名に語っていただきました。

“届けたい価値”がスタートの加工品づくり

のりさんのご実家は、東京下町の洋食屋さん。高校をご卒業されてから約20年、銀座の老舗レストランでイタリアンを中心にシェフとしてご活躍されてきました。

―これまでレストランで提供する料理のレシピ開発はたくさんされてきたと思うのですが、加工品のレシピ開発のご経験はありましたか?

のりさん : すでにレシピが出来上がっている自社商品の加工品づくりの経験はありますが、今回みたいに何をつくるか、というゼロから一緒に開発していくというのは初めてでしたね。
加工品ってすでに栽培している野菜や果物があって、“その野菜のB品やC品をつかう”というところから始まるのかなと思っていたけど、今回は“つくりたいものを先に決めて、作付をする”っていうのが最初。僕も風呂敷をすごく広げていろんな商品を提案して、その中から、風土や畑との相性からルッコラが出て来ました。面白いやり方だなって。

奥田 : 実際は、そこがとても難しくて、学びでした。昔、加工業者さんの取材をさせてもらったり、仕事をしたことがあって、その時には「使えないものをつかう」ことの重要性を学びました。でもそれだと、もったいないが発想の原点になってしまう。そうではなく、「何を作りたいか」とか「どんな価値や風景を提供したいか」を考えるところから加工品をつくりたいと思っていました。
商品開発を進める中で、そのことの難しさも感じました。
生鮮として販売できるものを加工品原料にすると、どうしても原価が高くなってしまいます。加工品ってやっぱり売りにくいものを加工品にすることで、利用できたり、長く保存できるというのが根っこにはあると学び直す時間でもありました。だから加工品の多くはB品を使うんだなーみたいなアホみたいな気づきを今更する、学ぶ、みたいな感じで笑
だからこそ、「どういう素材を加工品」に使うか、ということと「その商品が生み出す風景やおいしさをイメージできるか」という両軸で考えることがとても大事なんですよね。

のりさん : 廃棄される青果を加工品に、という進め方とは違うスタートラインだと感じたけど、逆に常識に捉われていなく、楽しかった。
ルッコラってやっぱり生で食べることが多い食材だと思うんです。それをソースにする、という発想はなかなかしないですよね。その提案ができたことが面白かった。

小瀧 : その生鮮と加工品の話は、難しいというか、ジレンマもあります。農家目線でいうと本当は生で食べて欲しいと思う。でもそれを生鮮よりも美味しい商品にしていくところは、料理人ののりさんの力あってこそだし、農家と料理人が一緒になることで生み出せるものがあるな、と今回の商品作りの中ですごく感じています。

のりさん : 料理を作る時に考えているのが、パティシエの杉野秀実さんの“素材より素材らしく”という言葉があって。そのまま食べるよりもおいしくなかったり、機能的じゃなくなったりしたらそれは料理人のエゴになってしまう。それと似ている感じがします。
そのまま食べられるものを使わせてもらっているということは、特別な気持ちにさせてくれます。

“できるもの”よりも“作りたいもの”を作ろう

レストランの料理は、料理そのものではなく“空間や体験を売っている”というのりさん。特にコース料理は、どれか一つだけを切り取っても変で全体で完結するものだといいます。

ーゼロからの加工品レシピ開発としては初めての今回、苦労した点はどんなところでしたか?

のりさん : レストランの臨場感がなくて、コース料理のように流れがあるわけではない。ひとつの商品として完結しているものをカタチにしていくにはどうしたら良いのか…、と苦労しました。
さらにこれはいつも悩むところだけど、いわゆる3点方式というのがあって。発注してくれる人がいて、僕みたいにカタチにする人がいて、製造する人がいる。どこまで自分が出しゃばっていいのかなというのがありましたね。
そんな中、小瀧さんと話したことが大きかったかな。「のりさんのパートはまずはいいものを作って欲しい。作業性とかを考えずにいいものを」って。そこと現実的なものを作るというグラデーションの中で今も揺れているけど、その言葉があって、楽になりました。
このチームがプロジェクトを進めやすいのは、そういう大事にしたいところが同じということがあるように思うんですよね。

小瀧 : よかった笑
東京で飲んだ時にしゃべったんですよね。のりさんにはまず理想を語って欲しいなって話をしたみたいな感じ。遠慮をしてほしくない。
まず理想的な姿を描いてもらって、そこにどうやって向かって行こうかなっていう考え方の方がより面白くなりそうだなと思ったんで。

のりさん : 結構刺さりました。料理している時もそうだけど、色んな作業とかオペレーションのことばかり考えてしまうのと似ている部分があるという。ふと立ち戻ったような感じがしました。

奥田 : そういうことって、いろんな場面で当てはまりますよね。例えば、僕らだと家具制作にも言えることがあって。家具をつくるのに、どこまで手をかけて、どこまで手を落とすか、みたいなことがよく議論されます。でも、その手を落とすという話が進み過ぎるときっとものづくり自体が面白くなくなるんですよね。
どういうものをつくりたいか、というのが先にないと、より簡便に作れるものになってしまって、その行き着く先に「これって自分達が作る意味があるんでしたっけ?」となってしまう。

のりさん : そうそう。本当にね。

奥田 : 農業もきっとそうだと思います。小瀧さんと作付の相談をしていると、「新しいものやちょっと難しい作物に挑戦したい」って言ってくれる。それはやっぱり難しいから面白いし、自分だからできるってことが大事なのかなと思います。

のりさん : その温度感、すごくわかります。料理も抜くだけ抜いた料理もある。世の中には、そういうものがいっぱいある。そういうものを求められると、「俺やんなくていいじゃん」ってなりますよね。

小瀧 : 良かった。一緒に飲みに行って笑

違和感のないフラットな“自然体の農法へ”

現在、野菜を育てている山麓農場は、元々何もなく草原が広がっていました。牧草地だった場所を手入れし、柵を作ったり堆肥舎ができたり。小瀧さんは、入社と共に5年間農業に携わって来ました。

ー5年経った今、土づくりや栽培の仕方について何かこだわりはありますか?

小瀧 : 今は、より適切な栽培方法があればトライしていく。変えられるところは変えていくというのがやっとできるようになってきた。
以前は40アールの畑に均一に堆肥を撒いて堆肥を堆肥として攪拌していました。そうすると例えばマメ科の植物だと堆肥のせいで着果不良になるんです。堆肥や土づくりの奥深さは深淵ですが、その入り口に触れたような気持ち。
そういう野菜からの反応を見ていると、やっぱりものによって変えないといけないと思わされる。

ルッコラのような葉物だったら、種を蒔く前からしっかり準備して絶対に良いものが仕上がるということをイメージして作りはじめます。作りはじめると30~40日くらいであっという間にものができてしまう。作物によってこちら側の準備とかやることが変わってきます。

のりさん : 場所によって“ここは美味しいお米がとれる”、“芋がよく取れる”みたいな話を聞きますが、伊那谷は農業に適しているんですか?

奥田 : 場所場所での適性はやっぱりありますよね。中央アルプス山麓は元々、水はけが良いので、野菜栽培に適した場所が多いですね。

小瀧 : そうですね。土はとても恵まれていると思います。

のりさん : やまとわの栽培は有機栽培ですか?

小瀧 : そうです。化学性のものは使わないという意味では有機農業(有機JAS認証は取得していません)。
やまとわでは毎年、畑の土壌診断をしてもらっています。信州ぷ組というチームがあって、そこに所属している農家さんは、慣行農法から自然栽培…と、ありとあらゆる農家さんがいます。そこに僕らも所属していて土の理化学性について学んでいるんですよね。
本来、慣行農法は慣行農法、有機農家は有機農家とみたいな感じでつながっていることが多いと思うんですが、ぷ組は垣根なく学び合うのが心地よくて。作物とか野菜、米の栽培も色んな人がいるからわかることもたくさんあると思っています。

のりさん : 世の中の基準を知ることができる?

小瀧 : そう、しっかり知れるし。どの農家さんも僕よりも先輩しかいないので教えてもらうことばっかり。“なにを作っているんですか?”とか“こういう問題があるけど、どうしていますか?”とか。
やまとわのスタンスとしても「つづいていく暮らし」や「森と農がつながる」ことを大事にしようっていう感じなので、〇〇農法というよりは、“自然体の農法”みたいなイメージが近いかもしれません。自然の流れを大事にしながら、フラットな気持ちで農業しているという感じ。

野菜のおいしさってなんだろう

小さな頃から野菜嫌いだったというのりさん。人参が食べられない、ナスは苦手。仕事をしている中で、野菜のおいしさに目覚めた出会いがあったといいます。

奥田 : 野菜の美味しさって、なんなんだろう?って最近考えるんですけど、のりさんの中でそのことについて思うところってありますか?

のりさん : 千葉の八街市(やちまたし)で三ツ星野菜を作っている畝田さん(ルコラステーション)という方がいるんですけど。その野菜を食べた時においしいって。人参だったら僕が嫌いだった人参臭さや、焼いても揚げてもナスを食べた時に感じるナスのお新香臭さがない。ナスってこんなにも味わいとしておいしいんだって、そこで野菜のおいしさに気がついて。
イタリアンというジャンルでは、野菜は本当に焼いて出すだけ。僕は野菜のおいしさが分かるようになったし野菜のおいしさが大事なイタリアンなのでそこは気にしているところかな。
おいしさって個人の好みもあるでしょうし、野菜のおいしさの定義づけが難しいですが、僕は嫌いからスタートして良かったなと思っている。

奥田 : おいしさって難しいですよね。
“味が濃いからおいしい”と言う言葉をメディアなどで聞くことが多くある。でも逆に“あっさりしてるからおいしい”ということもあるだろうな、と思います。好みの問題と言ってしまえばそこまでなのですが、確実に美味しくないよなぁというものもやっぱり存在しますよね。

のりさん : 野菜って同じ品種でも味の濃さって変わるんですか?僕たちは野菜がA,B,Cとあって、どれがいいっていう感じで選ぶ。逆にそこを作り出す人ってどういう感覚なんだろうって。

小瀧 : 同じ品種でも栽培方法で味はそれなりに変わると思います。ただ、流通などの問題もあるので、単純には語りづらいです。ですが、例えば堆肥にウズラの糞を使ったら野菜が美味しくなるというのは聞いたことがあります。それって突き詰めた話「その野菜の味なのか、土づくりの資材の味なのか」という問いが生まれます。甘くするために使っている資材、それは技術としてとても素晴らしいけどその大元は何なのかな、というのは日々考えながらです。

奥田 : やっぱり土と水はとても重要な気がします。それこそ、例え話程度に聞いてもらえるといいんですけど、白いバラに色付きの水を吸わせたら、花がその色水の色に変わります。野菜もやっぱり水をたくさん吸収しながら成長しているから、その水や土の中にある成分で野菜の味が変わるのは、やっぱりそうなんだろうなと思います。魚も何を食べているかで身の味わいが全く変わるので、何を食べているか、何を吸収しているかが、味に関与していますよね。

のりさん : それくらい関与するんですね。イメージだと、僕は“土が変わると野菜の中のポテンシャルでその中の何かが伸びる”とかそういう話かと思ったら、結構土が直接的にうつるっていうのもあるんですね。

小瀧 : それは両方関連していると思うな。農業していると品種改良への感謝ってすごい大きい。作りやすくて、しかも美味しい。そういう品種を地道に作ってくれた育種者さんへの感謝もしますが、そこに土や技術側のアプローチもあると思います。
言ってしまえば、品種に土づくり、農業技術など総合的なものでしょうね。それでも農家としては、やれることをしっかりやっていくことが大事だと思います。

奥田 : おいしさの基準が難しいからこそ、自分達が「おいしい」と思うところに到達するために試行錯誤することが大事だと思います。狙った味を狙って出せるということが、ある種のおいしさのような気もします。

小瀧 : やっぱりその土地の良さみたいなものが農業的にはあったりするんでしょうね。土、水、気温…野菜の栽培は自然相手で変数が多くて、なかなか結論が出せない。

のりさん : 煮込み料理みたいですね。できあがってみないと分からない、途中で味見ができないっていう。

YAMAZUTOが届けたい“ゆっくりしよう”とは

“ゆっくりしよう”がテーマのYAMAZUTO。そのままでは販売できないB品C品を加工品にするのではなく、“届けたい価値”があるから作るというところからはじまりました。
数多くの加工品がすでに商品としてある中で、やまとわが加工品をなぜ作るのでしょうか。さらにYAMAZUTOを通してやまとわが“届けたい価値”はどういうものなのでしょうか。

ーやまとわ 農と森事業部では、夏は農業、冬は林業をしています。やまとわで野菜を育て、さらに加工品をつくるというところにどのような背景があるんですか?

奥田 : 地域の暮らしの中で、森の堆肥や暮らしの資源が生かされて気軽に味わえるということを形にしたかったんですよね。それで森がお届けできるものってなんだろうと考えました。その中で、僕らが提供したいのは、森のものを食べるということじゃなくて、森のようにゆっくり流れる時間を愛おしんで欲しいな、と考えました。だからこそ、テーマが「ゆっくりしよう」というもの。

のりさん : “ゆっくりしよう”というキーワードが出てきたことで、かなり解像度が上がったんですよね。レストランの料理と一緒で“それを食べてどうなってほしい”とか“その場がどうなって欲しい”によって味わいも量も変わってきたりする。

 ―のりさんが描いている「ゆっくりしよう」とは、どんなイメージですか?

のりさん : 感覚的なものとか、それを使うことで時間が空いてゆっくりするとか。トータルでゆっくりというアプローチになった。
その中で大事にしていることは“日常のちょっとした喜び”とか、非日常。家であんなに色んな材料を混ぜてミキサーかけたソースっていうのは、どれだけ違和感なく日常に届けられるかっていう。という中では、耳馴染みのあるジェノベーゼっていう入りやすさも、日常に入っていくには必要で。

小瀧 : 僕は、米油を使っているということが魅力的だと思っていて。青山ファーマーズマーケットで販売した時も僕は結構そこを押していて「米油を使っていますよ」とみたいな勧め方をしています。
のりさんからいただいたレシピをお客さんに提案することもできるし、原材料から商品の良さも提案することもできる。お客さんにも商品の魅力を伝えやすいと感じるし、実際に味もおいしくて、とても気に入っています。

のりさん : イタリア料理ってあまりひらめき料理にならない、地に根差したもの。素材感が大事でこねくり回さない。
伝統的なノウハウも借りながら、クルミとか一緒に入れる副材料も国産だったりなるべくこのエリアのものを使えるようにしたいなと思った時に、ジェノベーゼって良いなって。ルッコラからジェノベーゼになったというよりは、ジェノベーゼから。今回はバジルをルッコラにしながら、アンチョビの香りやクルミのコクとかその流れから外れないようにっていう。

―どんな食べ方がおススメですか?ペンネに和えるのは思いつくんですけど…

のりさん : 白身の魚をソテーしてつけるとか、ゆで鶏に添えるとか。いつもはそのままとかお醤油をかけて食べていたものを、それに置き換えるだけで日常が豊かになるっていう。お豆腐に添えるとか、サラダにちょっと乗っけても良いと思う。
味もそうだし、質感もそう。突飛な味にし過ぎないけど、やらなすぎでもない。
それに置き換えるだけで、日常や食卓が豊かになるような。ものというよりは、そこの空間のイメージが僕の中のゆっくりかな。

「ゆっくりしよう。循環の中で楽しい時間を過ごそう」

一般的な加工品のイメージとは違い、届けたい価値を形にしたYAMAZUTOルッコラのジェノベーゼソース。
気負わずに日常の中に取り入れられて、食卓の空間も食べる人の心も豊かにしてくれる。時間に追われて慌ただしい現代を生きる私たちに、“食”を通して森や自然のようなゆっくりとしたひとときを届けてくれます。

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YAMAZUTO ルッコラのジェノベーゼソース
栽培 : 農と森事業部 小瀧誠、高野謙太郎、宮原幸二
商品プラン : 榎本浩実
レシピ : 柳原秀則
ディレクション : 奥田悠史、市川雄也

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