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2021.12.14

実は知らない炭のこと。 知ったら使いたくなる、古くて深い日本の炭文化

何もないところから火をおこした経験はありますか?マッチやライター、もしくはスイッチひとつで簡単に火をつけることが出来るようになった今、私たちにとって火は当たり前に身近にあるものになっています。

人類は土器や青銅器、鉄器などを生み出してきましたが、どれも火がなくては生まれることがありませんでした。火との出会いは、人類にとって最も大きなものであったと言えるでしょう。

火山や雷などが原因で自然界に存在していた火を、いつから人類が生活の中に取り入れ始めたのかははっきりと分かっていません。しかしながら、約30万年前の北京人の遺跡から焚き火の跡や灰、炭などが見つかっていることから、その頃には人類が暮らしの中に火を取り入れていたということが分かっています。さらに洞窟など屋内で火を利用するには、燃やしても煙を出さない炭を早い段階で使っていたであろうことは想像できます。

日本ではどうだったのでしょうか。
1958年、愛媛県の肱川町(現 大洲市)の洞窟から人骨や石器などに混ざって木炭が発見されました。この木炭も約30万年前のものと言われています。
洞窟内で発見された炭は2種類あり、ひとつは木を燃やした時に出来る消し炭、もうひとつは簡単な工程で作られたと思われる固い木炭だったそうです。

日本は、炭とのかかわりが世界のどこよりも古くて深いと言われています。
約30万年前から使われ、文明が発達した今でも様々な用途で活躍する炭。知っているようで知らない炭について、深掘りをしていきたいと思います。

炭とは一体どんなものなのか

炭とは一体どんなもののことをいうのでしょうか。
木材に火をつけると燃えます。“燃える”ということは、木に含まれる成分と酸素が結びつく反応のことで、木の中の炭素と空気中の酸素が結合して二酸化炭素となり、煙が立って燃え尽きていくことを指し、最後には灰が残ります。

木材を酸素がない、または少ないところで加熱すると、木材の成分である二酸化炭素、一酸化炭素、水素などがガスになって揮発することで、炭化していきます。つまり炭とは、木材から水蒸気やガスが抜けて炭素のみが残ったもの。加熱した時に酸素がないので、発生するガスに火がついて灰になることなく炭が出来るのです。

炭にはいくつか種類があります。代表的な2種類の炭を見ていきましょう。

■黒炭
バーベキューなどで使われ、今でも一般的に広く使われている炭です。代表格は、茶道で使われているクヌギ炭。後ほど触れますが、日本の炭文化は茶道によって高められました。赤松の炭は黒炭の中でも最も大きな火力を持ち、火つきが良くて燃焼性が高いために日本刀の製造や鍛冶場でも使われています。

駒ヶ根市立中沢小学校の子供たちが焼いた黒炭

■白炭
炭素の純度がとても高いのが特徴です。燃焼した時の火力はそれほど高くありませんが、煙が発生しにくく長時間燃えることが出来ます。代表格は、備長炭。
炭を作る際、酸素が少ないところで加熱しますが、白炭は少し作り方が異なります。炭化の終わり頃、窯の口を開けて空気を中にたくさん入れます。そうすることで、中の炭に火がつき一気に窯の中の温度が1000℃以上になります。灰にならないうちに頃合いを見て、炭を出し、灰をかけて空気を遮断、消化させます。

ほかには、竹を材料にした“竹炭”、製材所で木材を加工する際に出るおがくずや木材チップを加熱圧縮し、固めて作ったオガライトを炭化して作った“オガ炭”などがあります。(木炭の種類:林野庁)

燃料だけではない炭の利用方法

炭に近づいてみると、小さな孔が沢山空いていることが分かります。孔があることで表面積が広くなり、酸素が炭の内部に沢山入り込むことによって木材よりも燃えやすく火持ちが良くなります。また、燃料として調理に用いられるほか、製鉄や陶芸などにも用いられます。

炭が持つ様々な大きさの孔を生かし、ほかにも様々な用途で利用されています。
例えば、悪臭の分子を孔が取り除くことによってにおいを取り除く脱臭効果、汚れた成分を孔が捉えることで水を綺麗にすることが出来ます。
調湿作用も外せません。炭は木材よりも沢山の水分を吸収できるため、お寺や神社といった古い木造建築建物の下に大量に炭を埋設しています。そのことで、湿気を取り除きシロアリなど害虫を遠ざけて建物の寿命を長くすることが出来るのです。

板を三枚使い、三角形を作って焼く“三角焼き”

板を“三角焼き”という方法で焼いて作る焼杉。これは板を炭化することにより、風雨にさらされて乾燥と湿潤を繰り返すうちに板が腐ってしまったり劣化してしまったりすることを防いでくれます。

焼杉を用いたやまとわの経木小屋の外壁

炭は農業にも活用されています。炭を畑に漉き込むことで肥料や水を吸収し、少しずつ肥料を染み出したり土壌の保水性を高めることが出来ます。さらに炭の孔に微生物が集まることも期待されており、化学肥料に頼らない農業の方法のひとつとして注目されています。

やまとわ 農と森事業部でも炭を活用した農業に取り組んでいます

このほか、炭には還元作用(様々な物質と反応し、相手から酸素を奪う働き)があり、ものの酸化作用を防いで長持ちさせることが出来ることから、産業界での利用も進んでいます。

炭とともに文化、歴史を育んできた日本人

日本は森林が豊かな国であること、外国のように石炭やコークス(石炭を高温で蒸し焼きして炭素部分だけを残したもの)を利用することが遅れたこともあり、日本の文化、歴史は炭とともにありました。そのことから、日本は世界のどこよりも炭とのかかわりが古く、深いと言えます。

炭の最大消費は、聖武天皇が奈良の大仏(東大寺 盧舎那仏)を作った時。仏像の銅地に水銀を塗り、大量の金箔をあてて炭火で熱する金メッキの方法で作られました。この時、使われた炭は大仏鋳造だけで約800トンと言われています。鍍金や金属加工、その他工事に使用した木炭量を加えるとさらに大量になります。

また、平安時代に清少納言が書いた枕草子に炭についての記述があります。

“冬はつとめて。雪の降りたるは雪の降りたるは、言ふべきにもあらず、霜のいと白きも、また、さらでもいと寒きに、火など急ぎおこして、炭もて渡るも、いとつきづきし。昼になりて、ぬるくゆるびもていけば、火桶の火も、白き灰がちになりてわろし。”

このように冬の風物詩として木炭を扱ったのは、清少納言が最初の文士でした。

また、炭を日本に広めたのは空海(弘法大師)だとする興味深い説があります。

真言宗を開いた空海は、804年に遣唐使とともに唐へ渡りました。
製炭技術は唐時代(618-907)の中国で発達したと言われています。空海が唐にいた時期と重なることから、白炭を作る技術も空海が唐から伝えたという説はとても有力視されています。はっきりとした証拠は残っていませんが、この説の背景には3つの理由があります。
まず最初に、白炭の代表格である備長炭の発祥地が空海が開いた真言宗の聖地高野山の近くであること。
備長炭は白炭のひとつで、現在では産地は関係なく備長炭の製法で作られたもののことを指しますが、もともとは和歌山県産でウバメガシを原料にしたもののことを言いました。高野山は、和歌山県にあることから説得力があります。
ふたつめに、空海が住んだとされる場所はいずれも炭の産地であること。
みっつめに、炭焼き師の間で炭焼きの排煙穴のことを“空海の穴”“大師穴”と呼んでいるといいます。

空海は、唐に滞在していた2年間で様々な技術を見聞きし、仏教の布教とともに全国に広めたそう。そのひとつに炭も含まれているのではないかという説は、このような理由から大変有力視されています。

高野山金剛峯寺

日本の炭文化を高めたのは、茶道だと言われています。茶道で用いられる炭は、火力や火持ちといった燃料としての役割だけではなく、優れた品質を求められるため、そのことが製炭技術を発展させました。

茶道で求められる品質とはどんなものでしょうか。名称や太さ、サイズは流派によって異なりますが、代表的にクヌギの若木を用いた黒炭が用いられます。
まず、皮がしっかりしていてしまりがあり、樹皮が密着していること。樹木の生長期間に伐採したものを炭にすると、皮がはがれやすくつきにくくなります。そのことから、“寒やき”と称し冬に焼いた木炭が愛好されました。
切り口も“菊割れ”と呼ばれる菊の花のような切り目が入っているもの、さらにまん丸であることが求められます。天然の樹木だと曲がって生えてるものが多く整った木材を手に入れることは難しいですが、手入れをすることで素性の良い綺麗なまん丸のクヌギ材が出来ます。
見た目も美しいこの炭を、飾り炭としてお正月には床の間に飾るしきたりがある地域もあるといいます。

炭をお湯を沸かすための燃料としてだけでなく、炭の形、質、組み方、火相を鑑賞するというのは世界を見ても他にはなく、日本の茶道だけというのは、日本の文化歴史と炭の関わりが大きいことが分かる大変興味深い点です。

切り口が美しい菊炭

炭のブランド化

これまで、日本は炭ととても関りが深い国であることが分かってきました。
1940年(昭和15年)に国内生産量がピークとなって約270万トンが生産されましたが、戦後は、1962年(昭和35年)原油の輸入自由化をきっかけに石油の利用が中心となり、木炭の生産量は以後減少していきます。

その後も、国内の木炭の生産量は長期的に減少を続けていて、令和2年は13,375トン。マレーシアやインドネシアなどから輸入された木炭が増えています。
一方で、近年は木炭生産における生産向上や生産者の育成ブランド化などに取り組むところもあり、2018年(平成30年)8月に地域ならではの特徴的な産品を知的財産として保護する地理的表示(GI)保護制度に、「岩手木炭」が木炭としては国内で初めて登録されました。(一般社団法人 岩手県木炭協会

今後の可能性

家庭用の燃料がガスや電気が普及したことと高度成長期の時代とともに、少しずつ日常から消えて行ってしまった炭。国内生産量も減少傾向にありますが、幅広い活用方法を持ち、炭素固定することから環境にも優しいということで、炭が見直されつつあります。

炭を焼く過程で出来る木酢液や焼き土などもそれぞれ利用用途があります。また炭には燃料や水質改善、土壌改良、調湿作用、消臭効果などのほか、電磁波を防ぐ働きも注目されており、花炭(松ぼっくりや果物など様々なものを炭にしたもの)は癒しにもなり、炭はまだまだ様々な可能性を秘めていると言えるでしょう。

松ぼっくりの炭。栗やれんこんなどを使った観賞用の炭を“花炭”という

世界では燃料として使われて来た炭。炭を芸術に高め、さらに品質を良いものにしようと炭焼きの技術が発展、さらに生活に取り入れて来たのは、日本独自の歴史と文化であるといえるでしょう。
様々な環境問題が起こっている今、森林豊かな日本の風土に適し、日本人の知恵と工夫で活用されて来た炭をもう一度見つめ直す時が来ているのかもしれません。

参考文献:「炭 ものと人間の文化史71」樋口清之(法政大学出版)
     「炭博士に聞く木炭小史」岸本定吉監修、池嶋庸元編(株式会社DHC)
     「つくってあそぼう19 火と炭の絵本 火おこし編」杉浦銀治編(社団法人農産漁村文化協会)
     「つくってあそぼう20 火と炭の絵本 炭焼き編」杉浦銀治編(社団法人農山漁村文化協会)
     「トコトンやさしい炭の本」立本英機監修、炭活用協会編著(日刊工業新聞社)
     「炭を使う知恵」炭おこしサミット実行委員会編(川辺書林)
     「日本木炭史」樋口清之(講談社)

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